Interview
BAN×NUNOBE対談

播戸「布さんは兵庫出身のイメージがありましたよ。兵庫FCだし」

布部「あぁ、そうやな。でも、あそこにはおらへん。ブラジルのヒョーゴFCなんや」

播戸「ブラジルにヒョーゴFCってあるんですか?」

布部「代表の永浜さんって人がブラジルにもチームを作ったんよ。そしてブラジルサッカー協会に加盟してやっていた。オレがいたのは'94年くらいかな。でも、ヒョーゴFCに行く前にちょっと兵庫FCで練習させてもらった。そのときに大谷さんがおったよ(笑)」

播戸「大谷さんってガンバの通訳なんやけど、あの人、ちょこちょこ(いろんなところに)絡んでいるから」

布部「ヒョーゴFCから他のチームでやることもあったけど、他のチームで試合に出るのはなかなか難しい」

播戸「僕も中学時代からブラジルに行きたいと思っていました。サッカーの強い高校に行きたいって思いもあったけど、『お前はそのひとつ下の高校でも危ない』って先生に言われました。でも、そこに行きたいから、テストを受けてアカンかったらブラジルに行こうと思っていました。だから、カズさんが行ったやつやサッカーマガジンやサッカーダイジェストに載っているやつ(留学の広告)を見て、切手をめちゃめちゃ入れて資料を取り寄せていました」

布部「サッカーに一番熱くなったのはいつ?」

播戸「小学6年くらいですかね。それまでは超テキトーにやっていました。周りもヘタやったし。テキトーにやっていても一番上手くて、全然オモロないやんって感じでした。でも、Jリーグができたのが大きかった。それが中2くらい。小6の時にJリーグってプロができるって聞いてから、オオーッて盛り上がった。金稼げるやん! えぇ車乗れるやん! お姉ちゃんはべらかせるやん!って。そこで真剣にやろうって思いました。小3からサッカーを始めたんですけど、もっと周りに上手いヤツがいて、朝から晩までストリートでもサッカーをできる環境やったら、もっとえぇ選手になっていたな(笑)」

布部「でも、結構早い時期に代表に入ってない? アンダーいくつかの」

播戸「U-20が最初ですね。19歳の時に。でも、それはたまたまですよ」

布部「同い年は誰?」

播戸「小野、稲本、高原、小笠原、遠藤、本山、加地とか。俗にいう黄金世代ですね」

布部「みんなが知っているメンバーやね」

播戸「布さんと同世代は誰ですか?」


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